2017年3月17日金曜日

矛盾

子どもに就いてほしい職業は?

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1703/17/news076.html



予想の通り、「公務員」や「医師」といった、堅実で安定した職業が上位を占めていた。


一方で、「目指してほしい理想の大人」では


プロスポーツ選手のイチローや、芸能人のタモリ、天海祐希、所ジョージなどが上位。



就いてほしい職業は、堅実かつ安定したモノなのに対し


理想の大人に、リスクの高いプロスポーツ選手や、芸能人を選ぶとは、一体どういうことなのか。


とても、矛盾している気がするのだが。


なんとなく、大人って勝手だな~と思ってしまう自分がいる。

2017年2月25日土曜日

和解をしたほうがいい。

任天堂から訴訟された「マリカー」から声明

https://www.inside-games.jp/article/2017/02/24/105565.html



これ、以前にテレビで観たことがあったけど、無許可だったとはね。


任天堂側としては、ライセンス契約の申請を待っていたんじゃないのかと。


ある程度知名度が上がって、人気が出て、売り上げも増えれば


資金的な余裕が生まれて、ライセンス料を払ってくれるということを期待して


今まで訴えずに待っていてくれてたんじゃないかと。



運営会社は、手を広げる前に、正式に許諾を得た方が良かったんじゃないかな。


会社名や、衣装などのビジュアル面から見ても


著作権侵害にはならないというのは、少し厳しい気がする。


営利目的である時点で、二次創作の域を出ているし。


可能なのであれば、和解して、正式に契約したほうが良い。


2020年には東京オリンピックもあるんだし、人気も今より出るだろうし


お互いにとって、良い方向に進んでほしい。

2017年1月1日日曜日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。


2016年は、思わぬハプニングがあり、健康を害してしまいました。


現在も、まだ完全には回復しておらず


健康であることのありがたみを、これまでにないほど感じました。



今年は、まず健康を取り戻すこと。


そして昨年同様、創作活動に専念したいと思っています。



今年も、宜しくお願い致します。


2016年11月13日日曜日

正論だけでは、問題を解決することはできない。

米大統領選の結果を受け「安全ピン」で意思表示する動き広がる

https://www.fashionsnap.com/article/2016-11-12/saftypin/



何が正しくて、何が間違っているか。


そんなことを議論したがる人間は多いが


“正論”を振りかざすことで、世の中の問題を解決できるかというと、不可能だと思っている。


とある作品からの引用だが


「正しいことよりも大切なことがある」


という言葉は、真実だと思っている。



個人的には、“他人の権利を奪うことは許されない”というのが


唯一揺るぎないことであると思っている。


その、権利を奪うような行為。


つまり、殺人や強盗といった犯罪や、差別や迫害といったモラルに反する行為。


犯罪は、犯罪として裁かれるべきだし


特定の対象に対して、差別や迫害を行う人間も、同様に報いを受けるべきだと思っている。



『トランプの勝利により、今、マイノリティに何が起こっているか - Togetterまとめ』

http://togetter.com/li/1047120



たまに見る意見として


「差別主義者を差別するのも差別だ」


というものがある。


個人的には、こういった意見は詭弁だと思っている。


差別は、他人の権利を奪う行為。


個人的には、殺人や強盗などといった犯罪と変わらないと思っている。


むしろ、きちんと裁かれる上記の犯罪よりも、厄介な行為だ。


罪を犯せば罰を受けるのが現代の常識。


ならば、差別や迫害によって他人の権利を奪うような行為をする人間は


せめて同様に、自分も差別や迫害を受けるべきだと思っている。


それに対して、文句を言う権利など無い。


それが嫌なのであれば、今すぐ差別や迫害といった行為を止めればいいだけの話。


そうすれば、差別主義者ではなくなるため、自分自身が差別を受けることもなくなるだろう。


簡単なことだ。



そんな簡単なことができない理由は一体何なのか。


やはり、“教育”に問題があると考える人間が多いだろう。


だからこそ、差別や迫害といった行為をする人間は


教養の無い、世間知らずの田舎者といったイメージを持たれやすい。


今回の件もそうだが


上記のようなイメージが強い、南部の人間の多くが支持していた。


逆に、リベラル(寛容)な人間が多いとされるNYCでは


8割から9割の人間が不支持だったとのこと。


今回の結果を受けてNYCの人々は、深い悲しみと怒りに打ちひしがれているという。



人種、宗教、外見、性別、年齢、出身地etc...


表面的な部分だけで、判断しようとする人間は多い。


こういった差別や迫害は、主にアメリカだけの問題と思われがちだが


日本でも、こういった問題は存在する。


レイシズム(人種差別)、セクシズム(性差別)、エイジズム(年齢差別)は


“三大差別”と呼ばれる、代表的な差別思想だが


島国だった日本では、人種差別とはあまり縁が無かった。


しかし、近年では“ヘイトスピーチ”などが問題視された。


日本においては、“性差別”と“年齢差別”が大きな問題になっている。


“性差別”に関しては、改善の意識が高まりつつあるが


特に“年齢差別”に関しては、未だに進展が無く、根深い問題だ。


人間は、誰しも年をとる。何もしなくても年をとる。


“年齢差別”のせいで、年をとるにつれて、チャンスや可能性が減っていくということは


生きることは辛いことであり、長生きは地獄だと解釈することも間違いではなくなってしまう。


若年層が将来を悲観したり、自殺をするのも無理は無い。


「年齢なんてただの数字」


そういった価値観が日本でも常識となれば、もっとこの国は良くなるはず。



“社会”や“世間”という言葉が、よく使われるが


“社会”も“世間”も、存在しているが、存在していない。


何が言いたいかというと、所詮一人一人の人間の集合体に過ぎないということ。


社会や世間を変えたいと思うのなら、まず自分から変わること。


そして、身近な人間を変える。


そうやって、波紋のように中心から外側へと広げていく必要がある。


極端に言えば、“社会”や“世間”などというものは、幻想に過ぎない。



最後に、個人的に思うこととしては


“先進国”であるのならば、“衣” “食” “住”の3つは無条件で保障されるべきだと思っている。


格差は仕方が無い。


格差を無くすことは不可能だし、強引に平等を推し進めれば、共産主義になってしまう。


格差を無くすのではなく、貧困を無くすべきだと思う。


これは絵空事ではなく、実現可能なことだと思っている。

2016年10月21日金曜日

Nintendo Switch

任天堂が新ハード「ニンテンドースイッチ」発表

https://www.narinari.com/Nd/20161040355.html



長い間、色々な噂が飛び交っていたけど


ついに、「NX」と呼ばれていた任天堂の新ハードが公開された。





率直な感想としては、中々良いんじゃないかな。


発想やギミックが面白くて、個人的には好印象。


「Wii U」がE3で発表された時、自分はすごく次世代感を感じていたんだよね。


結果的には芳しくなかったけど、個人的には良い発想だと思った。


コンセプト自体は悪くなかったと思うんだよね。



今回の「Nintendo Switch(以下 NS)」で驚かされたのは


据え置き機としてプレイしている最中に本体を取り外すと


そのまま、携帯型ゲーム機としてシームレスにプレイを継続できるという点。



コントローラーの操作部分も、据え置き機としてプレイしていた時に使っていた


コントローラーから取り外して本体に接続すれば、ゲームパッドに早変わり。





そして「Wii U」とは違って、完全に独立した携帯型ゲーム機として機能するという点。




コレを実際に実現したというのは、中々凄いことなんじゃないかな。


また、本体を単純にモニターとして使うことも可能だという。



取り外し可能なコントローラーということで、十字キーは廃止されてしまったみたい。


まあ、左側と右側で、それぞれ同じ機能を持たせないとだめだから


その場合、十字キーじゃ差し支えあるよね。仕方ない。


ただ、PROコントローラーには十字キーは、コレまで通り搭載されているみたい。




また、PROコントローラーも、携帯型ゲーム機としてプレイする時


コントローラーとして使えるみたい。





あと、ソフトはディスク媒体からカード媒体に変更になったみたい。




ということは、ロード時間の問題は解消されるということかな。



まだまだ、色々と気になる部分はあるけど、概ね良かったと思う。


ただ、やっぱり性能などを気にしているユーザーも多いみたい。


個人的に、スペック競争はキリが無いし、やたらお金も掛かるしで


チキンレースっぽい感じがして、どうかな~と思うんだけど。


PCも同じで、現時点での最高スペックのパーツを組んでも


時間が経てば、最高スペックじゃなくなってしまう。


その度に、大金を払うのかと思ってしまうんだよね。


だから、ミドルハイくらいの性能が、ちょうど良いんじゃないかと思ったりする。



最近のゲームの傾向として、どうしてもゲーマー寄りでニッチな方向へ傾いてしまっている印象。


スマホゲームのようなモノが流行って、ますますコンシューマゲームは敬遠されつつある。


面倒くさい、複雑すぎる、難しい、時間が掛かるetc...


任天堂は黎明期から、大衆向けのゲームを生み出してきた。


それは現在も変わらない。


今では、任天堂のようなスタンスのメーカーは貴重な存在。


まず、「気軽に、簡単に、快適に」というのが重要なんじゃないかと思っている。



最近では「VR」なんかも注目されているけど、それほど大きなブームにはならない気がする。


「VR」は究極の一人用プレイゲームだからというのもあると思うけど


プレイヤーの負担が大きいプレイスタイルで


長時間遊べないんじゃないかとも言われていたり。


まだまだ、発展途上という印象。



ともかく、任天堂には頑張ってもらいたい。


リオ・オリンピックで、マリオが出てきた時は、熱くなったな~。


やっぱり任天堂だと思わせてくれるよう、任天堂の今後に期待している。

2016年9月27日火曜日

誕生日

今日は、自分の誕生日でした。



今までやりたいと思っていたけど、できなかったこと


または新しいことに、積極的にチャレンジしていきたいと思っています。


日々成長し、蓄積されていくのを感じています。


それらを活かして、さらなる高みを目指したいと思います。

2016年8月29日月曜日

“チャリティー風”の番組

バリバラ出演者「感動は差別」




某局の24時間テレビは、正直言って、企画意図がわからない。



乱暴な言い方をすれば、障害者を見世物にして、出演者がギャラを得ている番組。


番組の路線は感動路線だから


番組を観て感動するような視聴者からの好感度は下がることはないはず。


自分は、最後に観たのはいつだったか忘れてしまったくらい観ていない。


毎回、マラソンをする意図も不明。



1985年に、アメリカで、とあるチャリティー企画が行われた。


United Support of Artists for Africa(通称 USA for Africa)というプロジェクトで


アフリカの飢饉問題を救済するために行われた企画。


この企画に参加したアーティストは大物ばかりで


マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーを始め


クインシー・ジョーンズ、ケニー・ロギンス、シンディー・ローパー、スティーヴィー・ワンダー


スティーブ・ペリー、ダイアナ・ロス、ホール&オーツ、ティナ・ターナー、ハリー・ベラフォンテ


ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、ビリー・ジョエル、ブルース・スプリングスティーン


ベット・ミドラー、ボブ・ディラン、ポール・サイモン、レイ・チャールズなど、そうそうたる面々。



この企画は、仕事終わりの夜から明け方まで行われた。


機材は無償提供、アーティスト・スタッフのギャラなどは一切無しの完全チャリティーだった。



世界的なスーパースターたちが、ノーギャラで参加した、このプロジェクトと比べると


24時間テレビは・・・という印象を抱いてしまう。


しかも、募金をするのは一般人。


高いギャラを支払われているタレントは・・・?


出演者に支払われる高額なギャラを、そっちに回せばいいのではないのかと思ってしまう。


それが不可能なら、そもそもこのような企画自体、行うべきではない。



障害者の頑張りを見て感動という方もいるだろうが


解釈によっては、下を見て悦に浸っていると言えなくもない。


「健常者で良かった~」といった具合に。



これとは別に


今年のオリンピックも、民放の放送では、やたらと感動路線だったのが気になった。


オリンピック出場選手のバックグラウンドに


スポットを当てるのはいいが、やや演出過剰な印象を受けた。


これは、24時間テレビやオリンピックだけに限らず


他の番組や、ドラマや映画などにまで及んでいる。



個人的な好みの話だが、ピクサーの「TOY STORY」という映画がある。


1作目は、当時リアルタイムで観ていて、キャラクターグッズを買うなど


かなりハマっていて、大好きだった映画。


その後、2作目、3作目と続編が作られていくが


徐々に感動路線になっていくことに対して違和感を覚え


結局、自分が本当に好きなのは1作目だけだ。


自分は、楽しく観れる「TOY STORY」が好きだった。


感動など、したくは無い。



これもまた、違う話になるが


自分は、ディズニー映画も、最近は全く期待できない。


第三次黄金期などと呼ばれているが、全くそうは思えない。


第一次、第二次と比較して、クオリティの高い映画が作れているとは到底思えない。


あくまで商業的に成功しているに過ぎない。


そもそも、自分は3DCGの映像に感動することができない。


2Dアニメーションこそ至高であるという考えを持っている。


人によっては、古い考え方だと思われるかもしれないが


自分は、決して3DCGが嫌いなわけではなく、むしろ大好きな人間だ。


ビデオゲームのCGも、年々リアルになっていくことに対して、喜びを感じているし


3DCGであるピクサー映画も素晴らしいと思っている。


ただ、ディズニーの映画としては・・・ということ。


一作目の「白雪姫」からアニメーションが素晴らしく


個人的に、ディズニー映画最後の名作である「ターザン」のアニメーションは


とても美しく、圧倒された。



リアルで美しい3DCGは、ビデオゲームで散々見慣れているし


実写でも3DCGが多く使われている。


そんな中で、3DCGだけで作られた映画で感動するのは難しい。


2Dアニメーションだからこそ、よくぞここまで!という感動があったのだと思う。



内容に関しても、あまりにも“女性”が強調されすぎており


同時に、“男性”が情けなく描かれていることが多い印象。


最近、公開されている「ゴーストバスターズ」も


男性4人組だった主人公を全て女性に差し替え、世界中で大バッシングを受けている。


とある海外の映画ファンは、予告編を観て、興行成績に貢献しないと決め、観ることを拒否した。



ディズニーは、いつから女性の物になってしまったのか。


男性でディズニーファンだと公言すると、変な目で見られることがあるらしい。


そもそも、ウォルト・ディズニーは、男性だ。


ディズニーを敬愛するスティーヴン・スピルバーグも男性だ。


手塚治虫も、鳥山明も男性だ。


エンターテインメントのクリエイターの大半は、ディズニーの影響を受けている。


こういった風潮を忌み嫌っているわけではないが、違和感を覚えている。



話が、大分逸れてしまったが


24時間テレビは「チャリティー」という言葉を使わない方が良いのではないか。


ただの感動路線の番組に過ぎない。


一番の問題は、こういった番組を許容してしまっている視聴者が多いことだと思う。


数字が取れなくなれば、自然と打ち切られるはず。