ベッキー、巨人の片岡治大コーチとの結婚を発表「しっかりと歩んでいきます」昨年5月から交際
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未だに、あーだこーだ言っている人間がいることに呆れを通り越して、戦慄する。
一種の病気なんだろうと思っている。
ネットが普及し始めて、そういう人間が増えた。
全く無関係の人間が、特定個人を誹謗中傷する行為。
本人は正義感からの行動だと思い込んでおり、同時に自分の言動は正しいと思い込んでいる。
そういう人間が、ネット上には大勢いて、匿名なのをいいことに、好き放題。
それを受けて、対象の人間が疲弊し、憔悴している様子を見て喜ぶ。
「ざまあみろ」と。
メシウマというやつですね。
最近特に多いのは
「相手が何か悪いことをしたのだから、何をされても文句を言うな。」
というスタンスの人間。
誹謗中傷されたくなければ、最初から悪いことをしなければいい。
そういう理屈らしい。
一見、もっともらしく見えるが、実際は詭弁以外の何物でもない。
自身の特定個人への誹謗中傷を、理由をつけて正当化しているだけ。
こういった行為をしている人間は、日常的に相手の弱みを探していて
見つけては誹謗中傷。
反論されたら、上で書いた正当化するための文句を言う。
他人に厳しいということは、自分の首を絞めていることと同じことだということを自覚すべき。
世間は冷たいとか、社会は厳しいとか言っているが
その元凶は、そういった他人に厳しい人間たち。
お互いがお互いを苦しめあっている。
まさに、首の絞め合い。
人間は機械じゃない。
失敗をする。
そして学習、成長できる。
そのチャンスを与えないのは、不健全だと思う。
理屈の上では正しくても、人間というものを理解していないと、トラブルの元になる。
自分は、“正しいことよりも大切なことがある”と思っている。
寛容であるということは、どういうことなのか。
もう一度、よく考えてみるべき。
情けは人の為ならず。
心にゆとりを持ちましょう。
慈しみの心を忘れるべきではない。
全て、いずれ自分に返ってくることになる。
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